中学3年生の受験が終わりましたが、受験シーズン中、私は毎年「こんな受験生になってほしいな・・」という理想の受験生像があって、その理想に近づけているかいつも気にしていることがあります。
なかなか難しいことですが、分からない問題に出会ったとき、「分からないこと」に苦しむのではなく、そんな問題に出会ったときこそ、「ワクワクする」という感覚で、問題に取り組める姿勢を身につけてほしい。入試問題の難しい問題をどんどん演習する時期に、解ける問題ほどテンションが下がり、解けない問題ほど うんうん と悩みながらも、その問題に喰らい付き、ああでもないこうでもないと試行錯誤することを楽しむという姿勢を身に付けさせたいのです。
中3の受験時期、私の解説がうざったくなったり、「いなどん黙ってて!」と私に厳しくなったりする生徒を見ると、「今年の子たちもめっちゃ成長してるなぁ!」と思って心の中でガッツポーズしています。
普段よく思うことですが、「合格点が取れるようになる」というのは受験勉強に取り組む際の大切な目的ではあるけれども、でもそれだけが受験勉強から得られるすべてじゃない!と。
入試問題のように難しい問題に対峙したとき、なかなか解けない・・その後、授業演習中に「あ″あ″ああ~!」とか叫び出すわけです。この現象は 私からすると「勝利の雄叫び」のように聞こえます。我々の解説を聞けばすんなり解決するところを自力で、う~んう~ん・・と考えて、解説やヒントをもらうことを何だか負けのように思っている・・・で、なんとか自力で解こうと色々考えてみるけど解けそうで解けない・・・全力で今まで習ってきたことを駆使して問題を乗り越えようとしているわけです。そのときに、解答まで手が届かなくて・・・「あ″あ″ああ~!」が生まれているのですね。この雄叫びは、自ら考え、自ら問題を乗り越えようとしている姿勢の象徴じゃないですか。
この自ら考える、自ら成長しようとする姿勢こそ、今後の彼らの人生で最も大切な宝物になっていくと思うのです。
子どもたちの成長には、それぞれ段階があって、一から手取り足取り教えないといけない段階と、ある程度彼らに任せていい段階と、最終的にはこちらは見守り隊になって、どうしても必要とされたときだけピンポイントで できるだけ少量のヒントを与え、彼ら自身に課題を乗り越えさせる段階とがあると思います。我々講師側は、その段階を見極めて対応を間違えないようにしないといけないので、常に悩む日々を過ごしています。(昔、先輩講師に、悩むことが仕事と言われたことをよく思い出します。)
咲ゼミはよくも悪くも校舎が狭いので、受験前の中3生は、成績も精神的にも大きく成長して上記の最終段階の状態で追い込みの勉強をしていて、その先輩たちの姿を後輩が目の当たりにしています。そして、スゲースゲーと先輩の姿勢をみて、自分たちのモチベーションにつなげています。また学年の壁がないので、先輩も後輩を可愛がって声掛けをしてくれています。小さな校舎ですが咲ゼミの日常は、そんな子ども達が自ら成長しようとする雰囲気に包まれているので大変な勉強のはずなのに、常に誰かが誰かを刺激しあって歩み続けています。通ってくれている子どもたちのおかげで本当にいい塾になったなぁ・・としみじみ感謝してます。
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